一部に、日本の製造業の品質神話が崩れた、といったような論調を耳にする。
恐らく、たとえばトヨタのリコール問題などに端を発しての意見だろうと思うが、どうも正しくないと感じる。
品質管理のバイブルと言われる、デミング氏のまとめた、品質管理論。その「デミング哲学」の根幹として、「デミングの14のポイント」があり、その一つに、「数値目標による管理をやめよ」というのがあるのだそうだ。
数値目標を強いられれば、その目標を達成するためには必ず品質が犠牲にされる、ということなのだろう。
これに照らすと、たとえばトヨタはさしずめ、売り上げや利益の目標を高く掲げた結果、品質がおろそかになった、という論旨なのだろう。
こういったポイントを、品質に関する全体を理解せずして鵜呑みにするのは危険でもあると思う。
まず、「数値目標」と十把ひと絡げにするのが良くない。数値目標とは売り上げのことか、利益のことか、シェアのことか、はたまたそれらの対昨年伸び率のことか。
また、ここには、「品質はコストである」という、変な暗黙の仮定、というより誤解があるような気がする。品質を追求することは、必ずコストアップにつながる、というような。
さらに、物作りのスケールアップと品質保証は、相反する命題である、という漠然とした仮定も介在していないか。だとしたらそれも、いささか乱暴な議論だと思う。
強調したいのだが、
品質は、コストアップ要因ではない。
逆に、低品質こそが、コストである。
品質をおろそかにすると何が起きるかをちょっと想像すれば、すぐにわかるだろう。
消費者は離れる、クレームは増える、アフターサービスのコストは急増する、返品や返金を求める消費者も出てくる、2ちゃんでたたく人も出る、法的、社会的制裁もあるかも知れない、お客様センターのコールエージェントは疲弊する、修理保険の保険料は上がる、ブランドの信頼回復にコストもかかる、株価は下がる・・・あげればきりがない。
普通の製造メーカーなら、このぐらい百も承知だ。トヨタなんて、こんなことは70年前から知っている。知っているだけでなく、「愚直」に、実践してきている。
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ここまで、「品質」を例にあげたが、同じ理由で、CSR(企業の社会的責任)を推し進めることも、コストではない。
さらに、同じ理由で、CS(顧客満足)追求も、ES(従業員満足)追求も、利益の足を引っ張るコストではないのだ。
*これらがもし、一般的に支持されている理論と逆のように聞こえるなら、私はやや言い過ぎであるか。
それなら、「長期的には」という但し書きをつけることにしよう。
すなわち、品質は、CSRは、CS追求は、ES追求は、また最近注目のダイバーシティの実現も、長期的に見れば、コストではない。むしろこれらを長期的視野でバランスよく追求しながら成長をはかることこそが正しい経営なのであり、また正しいだけでなく、長期での企業の繁栄につながる、「経営の勘どころ」なのだ、と。
顧客、取引先、従業員、株主、社会・・・すべての「ステークホルダー」に価値を提供できる存在になるためには、難しい舵取りが要求される。それは、地球上のさまざまな生命が、微妙なバランスを保った「エコシステム」を構成しているのと同じだ。
そのバランスを追求することこそが経営であるので、「エコシステム経営」と呼ぶことにしている。






