「Too Big to Fail」 (大企業すぎて、見殺しにはできない)
リーマンブラザーズも、そういった、つぶれては困る大企業の代表だった。
だがアメリカ政府は、リーマンが倒産することを、回避しなかった。
一方で日本は、それよりもずっと小さい企業であるJALを、公的なお金を使って、救済することを選んだ。
救済の場合は、国の財政、これはひいては、国民。
救済せずに、つぶれて、経済がダメージをこうむる場合は、国の経済が痛む。これも、割を食うのは、国民だ。
あれ? ・・・なんだ、結局どっちにしろ国民全体か。
であるなら、たとえば、ある超大企業を国のお金で救済すると1兆円かかる。一方、つぶれたことで国の経済が3兆円相当のダメージを受けるとすると、たとえ国民の血税を1兆円分使ったとしても、救済したほうが国としては(ひいては国民にとっては)トクになる、という判断が成り立つ。
救済すべきか否かの議論のうち、そろばん勘定の部分でいえば、JAL救済の正当化も、この論理があてはまることになる。また、リーマンについて、アメリカ政府は救済すべきだったのでは、という意見があるのは、この種類の論拠だ。
ただ、この論理には、ひとつ忘れられている重要なファクターがある。
それは、そういう大きな会社がつぶれた場合に、社会全体の損失の前に、直接的に大損をこうむる人たちがいるという点だ。
>> 5月6日の記事に続く
2010年05月05日
◆ つぶれては困る?(Part 1)
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