2010年04月23日

◆「任天堂」の社名の意味は?

「任天堂の社名は何を意味するのか教えてほしい。」

昨年の任天堂の株主総会で、実際に株主から出た質問だ。

当然、「任天」の意味を普通に想像すると、「運を天に任せる」を思わせる社名だ。

なので質問した株主は、「経営を運まかせにするとは何ごとか」と言外に問いをこめ、とっさの回答に困る社長を見たかっただけなのかも知れない気がする。

この質問に対し、任天堂の岩田聡社長が答えた内容は、見聞きした記憶に頼って書いているので正確ではないが、おおかた次のようなものだったかと思う。

「人事とは、つくしきれるものではないと思っている。だからこそ、それにベストをつくし、ただしそれで完全だと考えずに謙虚な気持ちを忘れずにいろ、私は任天堂の社名にはそういう意味が込められていると思っている。」

数ページにわたって幹部が用意した「株主総会想定問答集」では、恐らく想定されていなかった質問だったかと思うが、岩田社長は満点以上の答えを出してくれた。

日本人には少ない、卓越した頭脳と機転の持ち主だと思える。

機転や判断力が必要であると同時に、日頃から常にあらゆる経営の課題について思索や自問自答をしている人だからできる芸当だと思う。それを支えているのは、知見と、訓練と、自律と、理念だと思う。

それができていないケースが多いから、日本では、「失言問題」などが頻発するのかもしれない。とっさに適切な発言ができない、あるいはとっさに不適切な発言をしてしまう・・。要職にある人、とくに政治家は、その訓練をしておきたいものだ。

現状では、アメリカの大統領選のように、候補者同士のテレビ対決などを行ったら、失言や問題発言が続出してしまうのではないかと心配する。

これを放置したら、つまり、とっさの判断はできなくても仕方がない、と容認する世の中だったら、困ったものだ。

日本では、「すみません、つい出来心で・・・。」と弁明すれば不適切な言動が酌量されるような、言外の甘えが存在していないだろうか。

たとえば痴漢やセクハラや万引きが、「すみません、出来心で」と頭を下げれば少し許される、といった風潮が日本にあるなら、警察はいらない。

DSCF0003ss.jpg

posted by Nobby at 18:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 経営
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/37330382
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック