2010年02月20日

◆ 会社は、誰のものか?


ホリエモン問題(正しくは、ライブドア事件)や、ほぼ同時期の村上ファンド事件が紙面を賑わしたころ、自然の流れのように、「会社は誰のものか」という議論が巻き起こったことを思い出す。一連の事件をみて、この疑問を皆が抱いたのだろう。たしか同名の本も出たような記憶があるので、アマゾンで調べたら、同時期にほとんど同名の著書が複数発刊されていたのには驚いた。

で、会社は、誰のものなのか?

それらの著書を読んでいないので、そこに答えが書いてあるのかを知らない。書いてあるのなら、どなたか教えて頂ければ幸いである。書評では、「ポスト産業資本主義の時代の会社、株主、経営者の生態を分析」といったトーンなので、恐らく、会社は株主のものでも、経営者のものでもない、ということなのだろう。


では、誰のものなのだろう?
DSCN1740.JPG
アメリカでは、経済学の教科書的な解答としては、株主のものとされる。少なくとも株式会社は。

そうか・・。それによると、会社は、株主のものなのか。

では、会社は「誰のものか?」ではなく、「誰のためにあるのか?」と問うたら、答えはどうなるだろう?

株主のためにあるのだろうか?

最近のトヨタのリコール問題で、豊田社長がアメリカの公聴会でやり玉にあがっているのを見ていると、アメリカにおいては、会社というものは消費者のためにあるべきだ、とでも言いたげである。

「Mr. Toyodaの説明ではまだ納得できない」 とする米議会の議員さんたちは、全く同じことが日本市場で、フォード車で起きても、果たして同じ批判をするだろうか。もしかしたら、その時はその時で、今度は、会社は株主(ってアメリカ人だな)のためにある、とか言ったりして(笑)。

日本に戻って、「誰のため」論の歴史をみると、バブル期からライブドア事件の前まであたりは、株主至上主義全盛だったように思う。

それ以前は、わからない・・・もしかしたら、大企業優勢の時代だったので、「会社は、会社のためにある」といった認識があったのではないだろうか。法人が、人格を持ち、その保身のために、いろいろなことを考えるようになる。いろいろなことを正当化し始める・・・。


会社はだれのためにあるべきか? ーー私は次のように思う。

株主、顧客、従業員、取引先、ひいては社会、そして地球という環境 ーー会社が関係を持つこれら全ての存在を、広義の「ステークホルダー」と呼ぶなら、会社は、全てのステークホルダーのためにある。もっと言うなら、会社は、全てのステークホルダーに対して、その存在意義を示す必要がある。

これは、決して新しい考えではない。でも、もしこれを読んで、斬新に感じられるとしたら、昨今のアメリカ中心の考えに影響されきっている人が多いからかもしれない。

これからの会社は、全てのステークホルダーに貢献できる、長期にわたって維持可能な「エコシステム」を構築するために存在するべきである。


サンフランシスコの街並みとゴールデンゲートブリッジ

 
posted by Nobby at 22:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 経営
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