2011年09月21日

◆ボーイング787とエコシステム経営(6)


このボーイング787プロジェクトに、日本企業の協力は不可欠なものだった。

製造段階だけでも、全体の35%が日本製となった。


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日本企業の協力は、素材や部品の供給だけではない。ボーイング787の最大の導入パートナーとなっているANA。同社は、全世界に先駆けて787を導入する航空会社であり、購入数No.1であるだけでなく、次世代エコ中型機材として767の後継機開発へボーイング社を根強く説得してきたのも、ANAだった。


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エアライン別ボーイング787契約機数 上位10社



ANAはボ社を787開発に踏み切らせたその後、「ワーキング・トゥギャザー」プロジェクトにおいて中心的な役割を果たし、さらに試験導入への協力を含めた「ローンチカスタマー」として、現在もなお787オペレーションに関する各種検証に協力している。

20年に一度と言われる新型航空機の開発。

これをビジネスのエコシステムの観点からみた場合、その関連各社の状況から、何が見てとれるか・・?

ひとつ言えることは、長期的視点でみた場合に、エコシステムを構成する各業界において、収益性が大きくかけ離れる状態は長続きしない、という点だ。


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(c) Boeing Co.
ANA代表取締役社長、伊東信一郎氏 と ボーイング民間航空機部門CEO、ジム・オルボー氏


つまり、航空・旅客ビジネスのエコシステムの場合だと、上流から下流、最終顧客に遠い方から順に、石油会社、部品・材料メーカー、航空機メーカー、航空会社、旅行代理店・・などと業界を並べたとき、このうちどこかの業界が長い期間、泣きを見て、その上流下流の別の業界が極端に潤い続ける、というのは健全なエコシステムではないし、長続きしない。

別の説明を試みると、上流から下流までの全業界(これをバーティカル・セクターと呼ぶことにしよう)が、エコシステムの構成員であり、それらのセクターはともに繁栄するのが、長期で目ざすべき姿だ。

さらにもっとマクロな視点からいうと、素材メーカーや石油会社の社員や家族だって、出張もあれば海外旅行もある。その意味では、最終顧客(この場合は旅客)も含めて、航空ビジネス全体が、世界経済の発展とは運命共同体だ、ということになる。

とはいえ、上記は、ある意味理想論だ。


それでは実際のところ航空・旅客ビジネスにおいて、各業界ごとの収益性はどうなっているかを見てみよう。



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航空関連業界主要各社の売上高営業利益率の推移(2008-2010)
<クリックして拡大>

(c) Nobby Yoshida


グラフから、いくつかのパターンが見てとれる。まず気付くのは、リーマンショックの影響は、2009年の航空関連業界全体に影を落とし、なかでも製造業の血肉ともいえる素材業界へのインパクトは大きかったことが、東レの落ち込みに表れている。利益率の変動が極端だ。

もうひとつ目立つのは、全くといっていいほど景気に左右されずに高収益を保っているGE社のパフォーマンスだ。航空機エンジン事業における雌雄のライバルであるロールスロイス社も景気の影響は受けていないが、同じ業界にもかかわらず収益力の差が出ており、2社の差は5〜10%もある。

また、この世界のエコシステムをみて、長期で安定的に事業収益をあげられるのは、航空関連ビジネスのなかでは、航空機エンジン事業ではないか、と思える。

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一方で、ボーイングなどの航空機メーカーと、ANAやシンガポール航空などの航空会社は、景気や経済の影響を同じように受ける傾向がある。(エアバス社の06・07年の赤字転落は業界共通のパターンではないので、原因が別にあるように思える。)

業界全体として、リーマンショックからの業績回復は2010年以降顕著であり、11年以降のさらなる改善を期待しても良さそうだ。全体として、世界景気の先行き不安、欧米の信用不安などを打ち消す形で、アジア・アフリカ諸国の成長が見込まれることによって、結果ゆるやかな成長、といったところか。


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(c) ANA Co. Ltd.

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2011年08月26日

◆SBI大学院 公開授業 『ビジネスプラン道場』


SBI大学院 公開授業 『第二回 ビジネスプラン道場』


今月20日(土)に、SBI大学院大学(六本木一丁目)でベンチャービジネス養成講座の公開授業を行った。

4つの新規ベンチャーにプレゼンをしてもらい、聴講者とともに私がその事業計画に突っ込みを入れるというもの。ちなみにそのうち2社は、IPO(株式公開)まで考えているとのこと。


60名超の聴講者の参加があり、満員御礼。(立ち見の人、すみませんでした。)

聴講者の中には、ベンチャーキャピタルなどの機関投資家や監査法人、事業会社などのかたもおられたので、発表する人たちも、当初想定していた以上に緊張したのではなかったかと思う。


事業プランを発表した4チームは以下。守秘義務の関係で詳細な内容は割愛するが、各チームともしっかり準備したプランになっていた。


1.企業のソーシャルネットワーク活用、スマートフォンのクラウド活用に特化したブティック型コンサル会社:「EverConnect」

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2.スマートフォンアプリへの広告配信を、ユーザー、広告主、アプリメーカーそれぞれのニーズを反映して最適化するプラットフォーム:「Approid」

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3.場所や体験を共有するための新型SNS 「Premiru」 - FaceBookは人のネットワーク。Premiruは場所のネットワーク。

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4.ソフトウェアの品質を的確に、確実に改善するために、できあがったコードのテストではなく、開発段階から参画する新種のデバッグサービス(ツルマウソフト)

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参加者からは、「ビジネスモデル」、「市場の成長性」、「スケーラビリティ」 などの観点からの鋭い突っ込みが寄せられ、プレゼンターはしっかり答えていた。発表者にとっても良い経験になればと思う。

事業の業種が、ITばかり、しかもソーシャル、スマホ関連などが目白押しだったのは、全くの偶然。 また、4社のうち2社は、IPO(株式公開)までを考えているとのこと。 これも意図した構図ではなかったが、意気込みに拍手。


年内にぜひまた開催したい。


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2011年08月25日

◆ボーイング787とエコシステム経営(5)

<Part 4 からの続き>


これだけのレベルで新素材の採用が進んだのは、ボーイング社の設計やシミュレーション能力はむろんのことだが、それに協力する世界の製造メーカーの協力があってこそだった。

なかでもとくにめざましかったのは、日本の先端素材メーカーの活躍だった。これなくして787の成功はありえなかったといって良い。


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(ボーイング787  メーカー関連図)  *クリックして拡大


ここに書かれているメーカー関連図は、数百万点といわれる部品総数のごく一部だ。実際に787向けに部品を供給するメーカーの数は、382社にのぼる。

これだけの数の部品供給会社があると、契約も、設計も、品質管理も、納期管理も、全て大変な作業だ。これらがみな、ボーイング社へのチャレンジとなって肩にかかってくる。787の納期が遅れた原因の一部は、そのサプライチェーンの上流にもあった。 多くは共通部品を複数サプライヤーから仕入れるマルチプルソーシングを行っているが、そうもいかない部品も多くある。

もちろん、マルチサプライヤー、グローバル調達は、ボーイング社にとっても、そのメリットがあ手間やリスクを上回った。

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なかでも、新素材に関する日本メーカーのレベルには一日の長がある。とくに人命を預かる航空機の機体への採用は、国産メーカーの真骨頂を発揮した快挙といえる。

実はボーイングと日本メーカーとの協業は、787に始まったことではなく、実に40年近く前にさかのぼる。1970年代始めに、ボーイング社とのCFRP(炭素繊維強化樹脂。東レのブランド名「トレカ」)の採用検討は始まっており、70年代のうちに実装も始まった。ただし当時は主要な構造部分への採用はなく、機内装備や内装の一部から採用が始まった。80年代に入って、機体の強度や安全性に影響する重要な部分にも採用が進み、90年代になるとボーイング777を中心に主翼や尾翼など、飛行機全体の構造設計に関与する形での採用が進んだ。

このような歴史と経験を経て、ようやく今回の787で、「全体の半分以上が新素材」と言えるレベルでの採用になった。

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全体の半分を新素材で、というレベルの採用度は、航空機製造史上最高で、これを従来素材との置き換えによる重量削減量として計算すると、約25トン前後の軽量化、ということになると思う。しかもそれによって強度は全く犠牲になっておらず、むしろ強度アップが実現し、より安全な飛行機が完成した。

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ちなみに、東レが自社の新素材事業に関して、航空機業界に対する意気込みは生半可ではない。

東レは2004年に、B787の主翼と尾翼を対象として、炭素繊維ユニディレクショナル・プリプレグ(単一方向に配置した炭素繊維の間を樹脂で埋めた中間材料)の長期供給基本契約をボーイング社と締結した。その後さらに、胴体向けに炭素繊維クロス(織物)プリプレグの追加受注に成功している。

2010年の東レの航空機向け炭素繊維の年間生産量は約2万4000トン(ちなみに2006年には1万トン強だった)にまで伸びている。 ボーイング社との契約期間である2021年までの16年間における、同社への炭素繊維材料の供給額は、約60数億ドルを見込む。16年間で1500機前後のB787に炭素繊維材料を供給する計画だ。

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東レがここまで努力して投資を続けてきた航空機向け複合素材事業。ボーイング社から60億円を得るだけで満足すべきでは無論ない。 たとえば、当然ながらこの動きを誰よりも意識しているのが、ボーイングの最大のライバル、エアバス社だ。東レはエアバス社の旅客機向けにも新素材を供給していく。 さらにその先には、ボンバルディア(カナダ)、エンブラエル(ブラジル)などの中小型旅客機メーカーへの営業攻勢も視野に入っていると想像する。 そして航空機向けからのヨコ展開として、大きな市場性が見込まれる自動車向けのニーズが射程距離に入っている。


炭素繊維やそのプリプレグに関しては、そのなかでは相対的にハードルの低い用途となる、普及帯ゴルフクラブ、テニスラケット、釣り竿、自転車などが徐々に韓国系炭素繊維メーカーからの価格競争にさらされているなか、本体メーカーの要求基準が高い、航空機向け、自動車向けは、当面は日本メーカーが優勢、と見てとれる。


この、先端技術による新しいモノ作りでいつもワクワクさせてくれる飽きない会社、「東レ」 については、機会を改めて執筆したい。

<Part 6 に続く>

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posted by Nobby at 16:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 経営

◆ボーイング787とエコシステム経営(4)

<Part 3 からの続き>


6.安全性

ボーイング787の注目ポイントとして見逃せないのが、その安全設計だ。

航空機の安全性は、設計、シミュレーション、実地試験、投入後のフィードバック、などによって左右される。

それを実施するのは、主に開発メーカーであるボーイング社の仕事だ。

その膨大な試験プロセスの、ごく一部を紹介する。

たとえば、エンジンの中にある回転翼(タービンブレード)が、理由はともかく破損したらどうなるか。 たとえそのような重大な事態でも、エンジン故障、あるいは停止、あるいは炎上、などなどの自体を招いてはならない。


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たとえば、飛行中のエンジンに鳥が飛び込んだらどうなるか。

これによって不慮の事故が起きたとき、「申し訳ない、想定外でした。」という言い逃れはできない。

なので、その事態を想定した実験を行い、鳥が飛び込んでも故障しないエンジン設計とする。

次に、エンジンに、集中豪雨レベルを上回る大量の水、ひょう、砂・・・などを投入する実験。 これらもすべて、通常の運航において想定しうる量以上のレベルでテストする。



(動画の英語音声注)
・"Four and a half tons of water per minute" (毎分4.5トンの水を投入)
・"3/4tons of hail in 30 seconds" (30秒間に3/4トンの氷[ひょう]を投入)
・"Bird carcasses" (鳥の死骸)


航空機の安全の確保は、大きく分けて以下の4つのエリアがテーマとなる。

1.機体の設計段階
2.製造段階の品質確保
3.航空会社による、運航(オペレーション)上の安全確保
4.航空会社による、整備(メンテナンス)上の安全確保


1.の、設計段階での安全確保については、上記に説明した。

ここで、ボーイング787の部品・部材についてのストーリーを紹介したい。


約10年ぶりの新型旅客機となる787では、新素材の採用を徹底的に推し進めた結果、主翼も尾翼も、胴体も、新素材になった。

787の機体でどの程度 新素材が採用されたかを見てみよう。

下の図で、グレー、水色、紺色の部分は全てそういった複合材料が使われている。


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絵で見ると、飛行機の外側を構成する部分、つまり構造部材に積極的に採用されていることがわかる。


では、素材別の構成比率をみてみよう。

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グラフにしてみると、前出の機体の絵で見る採用状況ほどには新素材が圧倒的な印象を与えないのは、この円グラフが「重量比率」であることによる。 つまり、合金の半分の重さの新素材が、「全体の半分以上」で使われたということは、それ以上、すなわち半分をはるかに超えるレベルで採用が進んだことにほかならない。 開発に関わった技術者らが、仲間うちで787のことを「黒い飛行機」と形容することがあるのはそういうことだ。


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これだけのレベルで新素材の採用が進んだのは、ボーイング社の設計やシミュレーション能力はむろんのことだが、それに協力する世界の製造メーカーの協力があってこそだった。


<Part 5に続く>

posted by Nobby at 01:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 経営